My Story 

わたしは東京の牧師家庭に生まれました。教会で育ったため、讃美歌や聖歌に慣れ親しんで来ました。兄が私より先にピアノを習っていて、兄のピアノのレッスンに私はずっとくっついて見ていたところ、ピアノの先生が母に、「与志也くんもピアノを習わせたら…」との言葉を受けてピアノを習い始めました。

小学校高学年になると、ショパンのワルツやベートーヴェンのソナタ等も弾き始めましたが、中学生の時は学校の生徒会長をしたり勉強、部活動があったため、ピアノから離れていました。


高校2年生のとき、AFSの特待生としてアメリカに留学しましたが、あるとき幻想即興曲を弾いたら周りの人に驚かれ、そして励まされて、ピアノの道を歩みたいと思うようになりました。1998年にバージニア州オールド・ドミニオン大学で行われた青少年ピアノコンクールにて第2位に入賞しました。

コンクールの審査委員長は、今は亡きウィーンの巨匠、パウル・バドゥラ=スコダさんでした。彼はわたしのピアノを認めてくださり褒めてくださいました。またレッスンを授けたいとまで仰いましたが、わたしは日本からの留学生で足がなくどうしても帰らなくてはならなかったため、バドゥラ=スコダ先生のご厚意にはこたえられませんでした。

その後、学生ピアニストとして、アメリカで演奏する機会が与えられていましたが、1999年にジストニアを発症し右手中指の制御が出来なくなり帰国し、京都インターナショナルユニバーシティーにて国際関係の勉強をして、岩手県に移住しました。


2002年からは重い双極性感情障がいになり、困難な年月を過ごしましたが、30歳を過ぎて尚、再びピアニストになりたいとピアノの勉強を再開するも、難しいクラシック曲を無理して弾くより自分のオリジナル曲を演奏するようになりました。


今までに6枚のオリジナル作品のアルバムを発表しています。いつか皆さんに聴いていただけたらと思います。

また、心より演奏いたしますので、コンサートや演奏会にピアニストのわたしを呼んでください。よろしくお願いいたします。